自分らしく生きる。

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コウノドリ第10話~出生前診断を見て思うこと

こんにちは、きいろです。

コウノドリ第10話を観ました。

出生前診断についての話でした。

 

出生前診断が普及するよりも、どんな子も育ててくれる人が、周りにたくさんいれば、親があんなに悩まなくても泣かなくても良いのになと悲しくなります。

 

私は障害児と寄り添うボランティアを一時期していました。

 

すごく甘えてくる子、なかなか目も合わず自分の世界に生きている子、聴こえなくても、自分の持ってる力で目を輝かせて話しかけてくれる子、自分の欲に素直な子、「これはずっと向き合うのが大変だ」というくらいに、手を出し唾を吐き、物を壊し、自分を傷付ける子、色んな子を見てきました。

 

出生前診断というのは、ずいぶん知られてきたように感じます。昔なら救えなかった命も救えるようになってきました。

 

医学は発達しています。

でも、子育て環境はその発達に全然追い付いていなくて、まだまだ苦しみながら育てている家庭が多いです。

 

社会ではなく子どもは家庭で見るもの。

子どもはお母さんと一緒にいるのが幸せで、保育園なんかに預けられたくない。

待機児童なんかいなくて、保育園に預けられずに悩むのは、親のエゴだというある議員のツイートも見ました。

 

なんだそれ。

 

子どもを見るのは、チームプレイが基本です。

一人で複数見るのも大変だし、一対一で向き合い続けるのは、神経がすり減ります。

 

欲望に素直で気持ちを包み隠さず全力でぶつけてきます。体力の限界まで遊び続けます。相手の気持ちなど全く考えず、遠慮することはありません。

 

そんな子どもに生活リズムを付け、怪我しないよう見守り、衣食住を満たし、周りを傷付けないよう注意する、それを24時間365日休みなしなんて、無理があります。

 

子育ては、一人でやるものではありません。

そんなに見続けていたら、親は自分のケアが出来ず、倒れてしまいます。

 

子どもに声を荒げてしまうのも、手を上げてしまうのも、目を背けたくなるのも、親が余裕無く頑張り過ぎているから、まだ親自身が、気持ちの整理など付いてないから、起きてしまうことです。

 

さらに障害児とくれば、世間の目は冷たいです。

 

突然奇声を発する。ぶつぶつ呟きながら歩き回る。窓をすべて確認しないと気が済まない。

そんな人もいます。

 

見た目が個性的だから、奇異の目を向ける人もいます。

 

障害児を受け入れるシッターさんも保育園も少ないです。

 

必然的に障害児は親が一生面倒見ろという社会が出来上がっています。少しずつ変わり始めているところではありますが。

 

本当は出生前診断なんか普及しなくて、どんな子でも周りに愛されて、子育ては社会全体でやるものだという、姿勢があれば。

 

自分が満たされ周りに優しく出来る人たちで溢れていたら。

 

出生前診断をして、悩んで泣いて苦しい思いをしなくて済むのになぁと思います。

 

診断が普及してきたからか、学校後預かってくれる場が急速に増えたからか、ダウン症のお子さんを見る機会は、かなり減ってきました。

 

ほんわかした顔やオーラで、快不快を分かりやすく表現してくれるダウン症の子は、とても幸せそうに笑います。

なにがそんなに楽しいんだ?ってくらいに幸せへのハードルが低いんです。

 

障害者は抹殺しろ。なんの生産性も無いのに生き続ける意味はない。

なんて恐ろしい言葉を掛けてくる人も多いです。

 

大体匿名で自分の身元が分からないようにする人ばかりで気にしないですけど、仕事じゃなく、家庭にそんな手紙が来たら、怖くて仕方ないです。

 

生産性なんて言い出したら、世の中ほんの数パーセントの人しか、しっかり稼げてないのだから、その人たちから見たら、世の中の9割以上の人が生産性無くなってしまうんですけどね。

そうは考えないんですよね。

 

人に優しく、子育ては楽しく、自分も家族も幸せ。私はそんな風でありたいと今日ももがき続けています。

 

きいろ


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夫がイチゴミルク作ってくれました。

可愛くて美味しかった(^^)